例えばタイトな小悪魔事情

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例えばタイトな小悪魔事情

 僕の暮らす国の中央部。そこでは火炎、弾丸飛び交う戦が巻き起こっていて、そこから遠く外れた小さな田舎町に住む僕達も、平穏とは言えない日々を送る毎日だった。けれど民衆にとって戦なんていうのは興味の無いことであり、啓蒙思想やらなんやら、辞書を引くことすら面倒臭いほどに興味が無い。貴族連中がこぞって備兵なんかを引き連れて喧嘩をする様子は滑稽に見えていたものだ。  そうやって一日一日を緊張に縛られながら過ごしていたある日、たまたまこの町を訪れた隊商が落としていった一つの情報。食糧不足に瀕したある軍が、略奪の為にこの町へ向かっているのだという。  一瞬にして恐怖が充満した。荷物を纏め逃げ惑い、流れ去る人々の波は不安と焦りを掻き立てる。かと思えばその波に逆らい、はぐれた家族を探す者も居た。そう、たとえばこの僕のように。 「ティアナ!!」  一刻程の猶予も与えてくれること無く攻め入って来た軍により、トンカチで殴られたみたいに粉々になった町並み。真っ赤な炎とドス黒い空気を纏う町中を、足をもつれさせながら必死に進む。どうしても見つけなければいけなかった。心から愛したたった一人の女性。  僕の腕に飛んだ火の粉が、嘲笑うかのように肌を焼いていくのに構う暇もなく。君の姿を求め続けてどれくらい経っただろうか。走っていたはずの僕の意識は、何か大きな爆音が聞こえたのを最後に途絶えてしまった。やがて訳も分からず次に目を開けた僕を覗き込んでいたのは。  炎と、煙と、そして僕の愛する彼女の泣き顔。 「やあ、ティアナ。良かった。無事だったんだね」  彼女の膝枕はとても柔らかくて、そのまま眠りに落ちてしまいそうだ。遠ざかりかける意識を無理やり縛り付け、彼女の頬へと右手を伸ばす。とめどなく流れる彼女の涙は頬についた煤を洗い流し、優しく撫でる僕の手を伝って落ちて行った。  胸の、少し下の辺りが焼けるように熱い。余っていた左手をそっとそこへやれば、ぐっちゃりとした生温かい感触が脳まで一直線に走り抜けた。そういえば左足の感触が無い。冷静になってみれば僕の顔も何かで湿っていて、だけど僕は彼女と違って泣いていないから、次から次へと首の方まで垂れて行くものの正体は必然的に分かってしまうわけで。 「泣かないで、ティアナ」  それを理解してしまえば、絞り出した僕の言葉はとても無責任なものになってしまった。
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