例えばタイトな小悪魔事情

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「逃げるんだ、ティアナ。すぐに敵が来てしまう」 「イヤよ。絶対イヤ。一緒に逃げられないなら私も死ぬわ」  ガーネットのような赤い瞳を濡らしながらも、彼女はそう言って眉を寄せる。まるで一昨日僕が君の香水をこぼしてしまった時と同じような怒り顔に、自然と笑みが零れてしまった。ああ、いつもの君だ。僕の愛した君だ。だから分かってしまうんだよ。君のその言葉は本気なんだということが。  こうなってしまったら中々言うことを聞いてくれないんだと知っている僕は、彼女の頬に添えていた右手をもっと伸ばし、彼女のブロンドの髪を梳かしていく。 「ねえティアナ。南に向かった先に川を渡る橋があるだろう?」 「……知らない」 「あれは半月前に出来たばかりだから、きっと敵の誰も知らないはずだ。そこへ行きなさい」 「知らない! 橋なんか知らない! 私はここから動かない!」 「聞いて、ティアナ」  まるで子供のように泣く君に、僕までつられてしまいそうだ。ひっく、ひっくとしゃくりあげる君を諭すように。僕は笑みを絶やさないよう髪を撫で続ける。 「ティアナ。君の好きなプリムラは、いつごろ咲くのだったかな」 「……五月よ。澄んだ青色で咲き乱れて、とっても綺麗なの」 「そうか。それじゃあティアナ。次に生まれ変わったら、一緒にプリムラを見に行こう」  そう言った瞬間、ぐしゃぐしゃに濡れていた君のガーネットが見開かれる。真っ直ぐ僕を見つめるもんだから少し気恥ずかしいけど、僕も逸らさないよう微笑みかけた。 「次の世でも、きっと君を見つけ出してみせるから。君の手を引いて、必ず約束を果たしに行く。だから君は生きて欲しい」 「ああ、クラウス。嫌よ。そんな風に言わないで」  僕の体に縋りつく君の体が震える。僕の鼻先を掠めるブロンドは、こんな時だというのにローズウッドの香りを漂わせていて、僕を穏やかな眠りへ誘った。僕はもう生きられないけど、必ず生まれ変わって君に出会うよ。やり残したことが沢山あるんだ。言ってあげたかったことも、してあげたかったことも数え切れなくて。
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