電車を降りるⅠ

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8両編成の区間快速は、 この駅で後ろ一両を切り離し去った。 それはいつもの光景で、違う事と言えば 切り離された車両と同じに、 私もこの駅に残っていると言う事。 会社を無断でさぼってみると 心の中がホームラン状態なのかと思っていたが、現実は違った。 ファール、もしくはデッドボール。 つまりはスッキリしないって事で、 閑散としたホームでやはり、携帯を取り出してしまうのだ。 無断はあまりにもやり過ぎだし、 インフルエンザか、その他の感染病でなければ、 昨日まで9年も続いた無遅刻無欠勤は報われないだろう。 大雪の日でも台風でも、 狂わない正確な時計社員、それが私、 渋谷 まひろ(シブヤ マヒロ)なのだから。 「…………もしもし、おはようございます渋谷です。 ……あ、吉成(ヨシナリ)さん? ごめんね今日体調が悪くて……。熱もなんだか高めだし、今から病院に……」 携帯を耳に、 ホームの白線辺りを踏む。 電話をとった後輩事務社員が少し驚きはしたものの、 口うるさい先輩が1人減るからだろう、 僅かな高揚を隠しきれない口調で言った。 「……そうなんですか……? わかりました。こっちはちゃんとやりますんで心配しないでください。」 「……明日は必ず行くから。」 「えっ、でも何かうつる病気とかだったら無理ですよね? 病院行ってはっきり病名分かったらまた連絡して下さい。 大野(オオノ)部長が出社されたらとりあえずそう伝えておきますんで。」 私が教えたマニュアル通りの応答だ。 会社の筆頭株主は大手の銀行で、感染症などの疑いがある場合、その病名がはっきりするまでは出社出来ない規則になっている。
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