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『来たんだね』 次の日彼はそう言った。 来てくれたんだね、ではなく、来たんだねと。 そしてそれは私に負荷をかけない、 心地良い言葉だった。 「……呆れた。 同じ時間にここにいるなんて」 今日はパンプスじゃないし眼鏡をかけている。 結局それほど積もらなかった泥混じりの 雪の上を、歩いてきたのはスニーカーだ。 「……そうだっけ? ほんとだ。昨日と同じだね」 気づいたように時刻表横の時計を見上げ、 昨日と同じベンチに座る。 北山君の服装はやっぱり昨日と同じだった。 「……ちゃんと家に帰ったの? 服……同じだし、今はお金持ちなんでしょう?服ぐらい変えれば?」 京子からあんな話を聞いてしまうと、 話しかける程にどこかこそばくなる。 それでもなんだか今更ながら、 手紙の話は出し辛かった。 「……ちゃんと帰ったよ。……で、またここに来た。好きなんだこの駅。 渋谷さんが来るかもしれないって言うのもあったし」 服装の事には答えずに、北山君はベンチを勧める。 少し離れて座ってしまうと、デジャブのような感覚に陥った。 「……昨日と同じだね。違うのは私の服ぐらい」 そう言うと北山君は首を横に振った。 「……もう1つ違うよ。 渋谷さん、今日は電車に飛びこまなさそうな顔してる」 単刀直入に言われ思わず黙りこんだ。 「……気に触った? でも僕はほっとしてるよ。なぜなら駅員さんが困らないし、家で何も実行しなかった事で迷惑をかけた人もいないようだし、さ」 淡々と続ける北山君と、 京子に手紙を渡した北山君は繋がらない。 でも本当に渡したんだろうなと言う確信は、彼がまたホームにいた事でもてた。 「……あれだよね、北山君ってちょっと嫌な奴だよね。嫌味っぽいって言うか……。 まぁいいや。 ……ところでその……スイッチはまだ?」 そう訊くと彼は静かに頷く。 私がまるで信じてないと、 信じていないように。 「勿論さ。僕がNGワードを言う日までここにある。言う日までと言う事はつまり僕が爆発する日までと言う話」 それがきっかけで、 北山君はどうしてそんなスイッチが自分の胸に埋められる事になったかを教えてくれた。 それは緻密に考えられたような妄想で、 1つの映画に出来そうな。
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