882人が本棚に入れています
本棚に追加
「……ああ、そうか。そうでしたね。で、ここが、その小鳥遊さんの家ってわけか」
坪内は立ち上がり、ポケットに両手を突っ込んだ。
「小鳥遊さんは、中にいらっしゃるのかな?」
尋ねられ、俺は思わず首を振った。
「……そうですか。それなら、中で待たせてもらいましょうかね。小鳥遊さんが帰ってくるまで」
勘弁、してくれよ。
こんな日がいつか来るだろうと思ってはいたが、まさか、こんな最低最悪なことになるなんて。
「三島ァ、この二人を中へぶち込め。絶対逃がすな。なんなら縛っとけ」
坪内は、車のそばに立っていた若いツンツン頭に顎で指図をした。三島、と呼ばれた男は面倒臭そうな表情で俺たちにつかつかと近づいてくる。
今しかない。
逃げるなら、今しかない。
全身がそう叫んでいた。
あの男がこっちに来る前に、逃げよう。
黒沢のおっさんは腰が抜けて立ち上がれないようだ。俺は、すっかり萎んでしまった勇気を振り絞ってその場から逃げようとした。
そうしないと、これからどうなってしまうのか分からない。
怖い。
しかし、それは阻まれてしまった。
三島という若い男に腕を掴まれたのだ。
「……ほんまたいぎいのぉ、こっちにけぇ」
酷い訛りで何て言ったか分からなかったが、ぎりぎりと強い力で掴んだ腕を締め上げられ、俺は小さく呻き声を漏らした。
三島はもう片方の手で、黒沢のおっさんの首根っこを捕まえ、俺たち二人を引きずるようにして玄関へ向かった。
おっさんはすっかり項垂れてしまっている。
ああ、どうしよう。
もう、
もう逃げられない。
「まあ、小鳥遊さんが帰ってきて、ちゃんと返済を約束してくれたら、すぐにおいとましますから」
坪内は楽しげに肩を揺らし、くっ、くっ、と笑っている。その笑い声にすら、俺はゾッとしてしまう。
勘弁してくれ。こんなの、軽い軟禁状態じゃないか。
おまけに、おまけにだ、
あの先生が一千万なんて大金払えるわけがないだろうがーーーー!
俺は胸の中でそう絶叫していた。
これを絶望と言わずに、何と言う。
俺は意識が遠のいていくような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!