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坪内が、短くなったタバコをこちらにぽん、と放り投げた。
たったそれだけのことなのに、俺とおっさんは過剰に反応してしまう。
俺の足元で、タバコがジリジリと燃えている。
「……もし、小鳥遊さんだけで払うことができなかったら、そりゃああんたにも支払いの責任は回ってきますよ。元はといえば、あんたのした借金なんだから」
そう。
そこだけは俺も同意見だ。
すると、坪内はテーブルから降りて俺たちに近づいてきた。
そばにしゃがみ込み、黒沢のおっさんの顔をまじまじと覗き込んでいる。
「……黒沢さん。なぜ、戻ってきたんです?」
「………………!」
「ずっと逃げ回っていたのになぜ、この街へ?」
顔がびたり、とくっつきそうなくらいの距離で坪内が口元を斜めに歪ませる。
凶悪、としか表現しようのない笑顔だ。
「……娘さん、あんまり良くないんですって?」
「……そ!……それは……!」
「最近は病院でもう寝たきり状態になってるそうじゃないですか……」
「……どうして、それを……!」
ふふふ、と坪内は下卑た笑い声を漏らした。
「もし、あなたが借金を払い切れなかったら。あなたの奥さん、娘さん、そのご主人さんの家族から、拝借するしかありませんよね。当然ですが、調べさせて頂きました」
ゾッとした。
一気に手と、足の指先が凍ったように冷たくなった気がした。
これは脅しだ。
明らかな脅迫だ。
借金はする方が悪いと俺は思う。
でも、こんなえげつないやり方をするなんて、人間のやることじゃない。
「……そ、そんなこと、させるか!!私の家族には絶対に近づけさせない……!このっ……クズどもが……!」
黒沢のおっさんは縛られた腕を何度も捩って、坪内に食ってかかろうとした。
威勢のいい文句を吐いたものだが、声は泣きそうに震えている。
途端、坪内の表情が一瞬にして変わったのを俺は見た。
眉が釣り上がり、目がぎらりと光った。口元が歪み、こめかみに青筋が走る。
まるで般若面さながらだ。
坪内は立ち上がり、黒沢のおっさんの腹を勢い良く蹴り上げた。
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