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坪内は恐ろしい捨て台詞を残して、その場から立ち去って行った。
バタン、と玄関の扉が閉まる音が聞こえたということは、家の中から居なくなったということだ。
俺は長い緊張から解き放たれ、深い安堵の溜息を漏らした。
おっさんは、まだ目を覚まさない。
「……そーゆやぁ、あんたは誰かぁ?」
「おっ……わっ……!」
いつの間にか、俺が倒れているすぐ近くに三島が胡座をかいて座っていた。
何故かじっと顔を見つめられ、不気味さを感じた俺は肩を左右に揺らしてその男から退いた。
「コトリアソビ、の息子?」
コトリアソビ?
一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、
小鳥、遊び、小鳥遊、ああ、先生のことだ。
「……い、いや……俺は……ただの、居候で……」
「ただの?居候?あんた、かわいそうじゃの。こがぁなことに巻き込まれて」
かわいそう、と言ってる割には顔がニヤついている。どこの地方の訛りだろうか。所々聞き取れない。
この男もヤクザには変わりないのだが、坪内に比べればまだそんなに怖くはない。こいつを言いくるめてどうにかこの状況を打開できないだろうか。
しかし、おかしなことを言ったらこいつに何か危害を加えられるかもしれない。こいつは、ヤクザなんだ。
俺は懸命に脳みそを巡らせる。
「……ど……どうしたら」
「?」
「……どうしたらいいんだ?一千万なんて、すぐに返せる額じゃないのは、あんたらだって分かってるだろ」
恐る恐る尋ねてみると三島は自分の膝で頬杖をつき、心底面倒くさそうな表情を浮かべた。
「分かっとるけえ、恩情かけ続けるっちゅうのもおかしい話じゃろ」
「……そ、それは……」
「あーそうやな、あん人、今ケツに火がついとる状況やからなあ」
「……あの人?」
「坪内じゃ」
見る限り、間違いなく坪内は三島の上司だろう。
なのに、呼び捨て。
俺は微かな違和感を覚えた。
「まあ、今日ここで100くらいは稼いでいかんとあかんじゃろな」
「ひゃ……100万……払わないと、折れてくれないってことか?」
そんな額先生の通帳には入ってないことは良く知っている。
俺は愕然とした。
三島は大欠伸をしながら、襟に手を突っ込んで背中をボリボリと掻いている。
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