第四章 「マネー!マネー!マネー!」

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「ここには、師匠と、数人の弟子達が一緒に住んでた。……エイスケも、私も、その内の一人だ」 「えっ、てことはおっさんも……?」 「元は、手品師なんだ……最も、エイスケほどの実力はなかったが……」 この、ちんちくりんのおっさんが元手品師、だって? 失礼な話だが、先生も黒沢のおっさんも、俺がテレビで見たことのあるド派手な手品師とは全然イメージが違う。 しかし、手品師なら、この腕の拘束どうにかできないのかよ、とは、なかなか言えない。 「……で、なんで、おっさんは一千万も借金したんだ?一体、何に使ったんだよそんな大金」 「……劇場を作ったんだ」 「劇場?」 「若い手品師たちが、ステージに立てる劇場を」 「…………」 「……手品師なんて、そりゃあ金にならない芸人の代表でね。最初はここに居た弟子たちも、夢を持って師匠に弟子入り志願して、ここへ住んで、必死で芸を磨く修行をしてた」 この家がやけに広く、部屋の数が多い理由が分かった。 それぞれの部屋で、誰かが暮らしていたからだったのだ。 「しかし、現実が見えてくるとね……一人、二人と、ここを出て行ってしまって……最後に残ったのは、私とエイスケだけだった」 おっさんの口から語られるのは俺の知らない先生の内側。 浮世離れした人間に見えるあの人にも、そうだ、ちゃんと過去が存在するのだ。 「しかし……最終的に師匠が自分の後継ぎにと、使命したのは、エイスケただ一人だった」 わかっているのに、何故だろうか。 そこに存在するのは、俺の知っている先生とは違う。まるで全く別人の話を聞いているようだ。 「……悲しかったよ。腹を空かせたまま、毎日修行して、ステージで物を投げられても笑顔で芸をして。私は必死でお客様と向き合ってきた」 「……で、おっさんもここを出て行ったのか?」 「師匠のお眼鏡には叶わなかったんだからね。……すぐに、ここを出たよ」 ひとり、ふたりと人が去り、 広い家が次第に静かになっていく様子が、俺の頭の中にぼんやりと浮かんだ。 残された先生は、どんな気持ちだったのだろう。寂しくはなかったのだろうか。
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