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「……とても悔しかった。それで、考えたんだ。何か、別のことで、成功したらいいと。手品じゃなくても、師匠より、エイスケより金を稼げるようになろうと」
おっさんの言葉の端々が、段々強くなっていく。
そこに見え隠れするのは、先生への「嫉妬」だ。
はっきりとした、劣等感だ。
「……それで、劇場を作ったわけか」
「同時に、新米手品師の養成スクールを作ったりもした。一時期は凄かったよ。エイスケを舞台に呼べば、客は溢れるほどだったし、スクールへの入学希望も、待ちがでるほどでね。ああ、大成功だと思った……」
「……じゃあ、どうして?客が入らなくなったのか?ブームが去って?」
世間の流行は、その字の通りするすると流れて行くものだ。
人は飽きっぽい。
そして飽きたら、なんの未練もなく、捨ててしまう。
俺だってきっとそういう人間のひとりだ。
「エイスケが、ある日突然、手品をやめてしまったからだ……」
「……え…………?」
「……それとともに、客足は途絶え、スクールも退学希望者が増えて行った。ついには劇場もスクールも、全て撤退せざるを得なくなった……結局私に残ったのは、二つを創立者した時に作った、多額の借金だけだった」
それで、一千万の借金。
「……私は妻にも……家族にも捨てられた」
「…………」
「エイスケが、手品を辞めなければ……こんなことにはならなかったかもしれないのに」
おっさんの話を聞きながら、俺はずっと喉に魚の小骨が刺さったような感覚に陥っていた。
なにかが、おかしい。
腑に落ちないのだ。
その理由が、やっと分かった。
「ちょっと待とうぜおっさん……!劇場とスクールがダメになったのは、先生が手品を辞めたからだって言いたいのか?」
「……そうだよ。エイスケは私と契約を結んでいた。あいつは……それを破ったんだから。あいつも、ちゃんと返済を約束してくれた。自分が責任をとると」
だから、おっさんは借金を全て、先生に背負わせようとしているのかーーーー。
俺は二人のイザコザに全く無関係だが、開き直りとしか思えないおっさんの言い分に苛立ちを覚えた。
「そんなの、おかしいだろ……話きいてりゃ、はじまりはあんたの逆恨みからじゃねーか」
「……君には、分からないよ。師匠に裏切られた時の……私の絶望感は」
「裏切られたって、それは……」
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