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あんたの実力がなかったからーーーー、
思わずそう言ってしまいそうになり、俺は口を噤んだ。
「持つものと、持たないもの、その差を見せつけられた私の惨めな気持ちは」
持つもの?
持たないもの?
それは、何だ?先生は何を持っていて、おっさんは何を持っていないというんだ?
才能?運?賢さ?
持ってるものは、神様から愛されてて、
持たないものは、神様から見捨てられたとでも、このおっさんは言いたいのだろうか。
なら、俺は持たないものだ。
何にもない。
才能も、運も、賢さも、
おまけに金も、恋人も、職すら、何にも持ってない。
「ああ!分かんねーよ!俺手品師じゃねーもん。何かに一生懸命になったことなんかねーもん!」
でも先生は俺に奇跡を見せてくれた。
屋根をくれた。
眠る枕と、布団をくれた。
呆れるくらいの優しさも、あったかさも。
色んなものを貰って、俺は今ここに居る。
「でもな、悔しくて、辛くて、痛くて、消えて無くなりたいくらいの、死にたくなるほどの絶望なら、あんた以外の誰だって、俺だって味わってるんだよ!それが重いか軽いかはその人によって違うんだ!あんたのものさしではからないでくれ!」
何も持たないから、なんて、いじけて言い訳をするおっさんは、きっと少し前までの俺だ。
だから、俺は拒絶する。
「先生がどうして手品を辞めたのかは知らねえが、それは先生が選んだ道だ。あんたのプライドを保つために、先生は手品してたんじゃない、生きてきたんじゃないだろ……!」
「………………」
次から次へと溢れる言葉は止まらない。
おっさんはついには俺の顔を横目に、黙り込んでしまった。
力みすぎて、腕に力が入る。ベルトで縛られた手首が、ぎりぎりと痛んだ。
でも、止められない。
「あんたと先生の間にどんくらいの絆があるかは知らない。でも、あんたの人生に先生を巻き込むな!先生だって幸せに」
"僕が存在することで、だれかを助ける奇跡を起こす日が、必ず来ると思っているからです"
ーーだなんて、あのジジイは、どれだけ、
ウルトラスーパーアルティメットお人好しジジイなんだよ!
「幸せになる権利はあるだろうが!!」
俺が腹の底から叫んだ瞬間、そばで眠りこけていた三島がガバッと起き上がった。
(しまった……興奮し過ぎた……)
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