881人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごめんな。僕には今、これだけしか、ないんだ。でも、何かの足しにはなるだろうか?」
「………………」
「……ならないかな……でも、お前、家族とは、長い間会っていないんだろう?これを持っていけば、少しでも、顔を合わせやすくーーーー」
通帳を掴んだ先生の掌が、おっさんに勢いよくはたかれた。通帳が指先から吹き飛び、床を滑っていく。
俺は堪らず、声を上げてしまった。
「おい、おっさん!てめえ……!!」
「エイスケ、どうしてお前は……!」
おっさんの目からは、涙が溢れていた。
中年の男がこんなふうに顔を歪め、子どもみたいに泣く姿を俺は初めて見た。
悔しくて、悔しくて、堪らない、
そんな顔をしていた。
「どうして……お前は、私をこんなに惨めな気持ちにさせるんだ……!!」
「………………」
「どうして罵ってくれない?どうして殴り飛ばしてくれない…?拳銃を突きつけられるべきは、私だった筈なのに……!」
獣が呻くように泣き崩れ、おっさんは床に突っ伏してしまった。
その小さな丸い背中を、先生がそっと撫でる。
与えられた優しさが、痛い時がある。
向けられた同情が、堪らなく自分を惨めにさせることがある。
それは、俺にも痛い程分かる。
おっさんは、自分が嫌いで嫌いで仕方ないのだ。先生が羨ましくて堪らないのだ。
だから、先生を心の底から憎むことしかできなかったんだ。
ーーーーきっと。
「……なあ、チー坊。僕は友達が少ないんだ」
「………………」
「……お願いだよ。ずっと僕の友達で居てくれ。……お願いだ」
それから先生は、おっさんの涙が止まるまでずっと背中を撫で続けていた。
最初のコメントを投稿しよう!