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俺が顔を上げるより先に、俺は先生の腕の中に居た。
細い両の腕が、俺をすっぽりと包んでいる。その力が思いの外力強くて、驚いた。
驚きすぎて、俺は両手で持っていた皿を落っことしてしまった。
床に皿が叩きつけられるガアン、という大きな音が響いた瞬間、先生の腕が俺から離れていった。
「わ、わっ…………」
大丈夫だ、皿は割れてない。
俺はしゃがみ込んで、床に転がったおにぎりを掴んだ。
今の、
なに、
なにさ、
なんだった?
それは本当に一瞬だったのに、肩に、まだ暖かさが残ってる。
先生の掌が触れた感触が。
どっ、どっ、どっ、どっ、
と身体の中心で激しい重低音を響かせているのは、俺の心臓だ。
顔が熱い。茹で上がったみたいに、火照って、たまらなく熱い。多分、耳まで赤くなってる。
すると、先生もしゃがみ込んだ。
俺が手に掴んでいる、さっき床に転がったおにぎりを取り上げて、それをぱくんと一口頬張った。
「あっ、それ、今っ……落ちっ…落ちたやつ……」
「美味しい」
「………………」
「……すごく、美味しいです」
先生は、二口、三口と、おにぎりに噛り付く。ついには全て食べ終えて、指についた米粒まで綺麗に舐め取った。
ほら、やっぱり、腹が減ってたんじゃないか。
俺も皿の上から一つおにぎりを掴み、ぱくんと噛り付いた。
鮭だ。
上手い。塩加減も、握り加減も、絶妙だし、周りに巻いた海苔はまだパリッとしてるし。
食べていたら、いつの間にか心臓の音は穏やかになっていた。
大丈夫だ。
落ち着いて、話せる。
俺は小さく息を吸い込んだ。
「……やっぱり、もう少しだけ」
「………………」
「……ここに居させてくれませんか」
「………………」
「先生が……迷惑じゃないなら……」
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