第一章 「カウント・スリー」

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午前2時、誰も居ない小さな公園。 俺は木の枝の太い付け根に縄を掛ける。 深い呼吸と、 少しの罪悪感。 震えている足は、怖いからじゃない。 俺はしっかりと結ばれた縄をぐい、と引っ張り、枝のしなりを確かめた。大丈夫だ。ピクリともしない。体重は軽い方だし、この木の枝の太さなら、人一人ぶらさがるくらいわけはない筈だ。 脚立代わりにしているステンレスのゴミカゴは、公園に設置されていたものだ。高さ60センチはあるだろうか。ぶら下がった時に足がつかない、ちょうど良い高さだ。 輪にした縄に首を通し、ゴミカゴをつま先でぽん、と蹴れば。 ぶらりと両足が浮き上がるだろう。 それで終わり。確実に、死ねるのだ。 今日ここに来るまで、イメージトレーニングは十分に行った。大丈夫だ。 苦しいのは一瞬だけ。苦しいのは一瞬だけ。苦しいのは一瞬だけだ。 今まで俺が味わってきた数え切れないほどの苦しみに比べれば、なんてことはない。 それを超えてしまえば、俺は楽になれる。俺のたましいは俺というくだらない人間から解放され、天国へ行けるんだ。 辛いも、寂しいも、悲しいも、苦しいもない、天国へ。 (天国?) いや、ちょっと待てよ、よく考えろ。 本当に天国に行けるのか、俺? 極力波風を立てず、日陰、日陰を生きてきたつもりだけれど、どうしても金がなくて仕方なかった時、ゲイのおっさん騙して金盗ったことがあったっけ。二回くらい。 でも、二回くらいだったらセーフだよな?そんなのまだ軽犯罪だよな?神様許してくれるよな? 折角逝くのなら、地獄より天国が良い。死んだ後も苦しまなきゃいけないなんて、勘弁だ。 お願いです神様、俺をどうか天国へ。 そして次に生まれ変わる時は、才色兼備の超絶美少女でお願いします。立っているだけでチヤホヤチヤホヤされて生きていける人生を、俺に下さい。 愛されるためにみじめにかけずり回る人生にはもう、こりごりです。
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