第一章 「カウント・スリー」

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(もし人間に生まれ変われなかったらどうしよう?) たとえば、たとえばだぞ、 よく、台所なんかにそうっと現れる、一体どっからやってきたんだ?っていう、 ぴかぴかつやつやに光るあの真っ黒な虫に生まれ変わったらどうする? はたまた、はたまただぞ、 弱肉強食のジャングルに、ちいさな子鹿として生まれ変わったらどうする? 一瞬だ。 一瞬だぞ。 ライオンとか、トラとか、ジャッカルとか、そういうのにぱっくんされたら、もう一瞬だ。 いやいやいやまてまてまてないないないない! 俺はテレビ番組で雛壇に座っている芸人のごとく自分自身にツッコミを入れた。 死ぬ前だっていうのに俺の頭は無駄に悶々とし始めてきている。 落ち着け。 欲を出すな。 心を無にするんだ。 俺には失うものはもう何もない。 今まで散々ひどい目にあってきたじゃないか。 もう、終わってしまえば、なにひとつ、怖くなんてないのだから。 俺は深呼吸をして再び縄のしなりを確かめた。ぎし、ぎし、と音がする。 (まてよ、もし、もしだ。この枝が折れて、地面に落下して気絶、起きた頃には朝で、警察に通報されてた、なんてことになったらどうしよう?) 縄をかけた枝は十分に太いが、万が一、万が一ということもある。 一回ぶらさがって耐久性リハーサルをしてみるべきだったか?してみるべきだったよな。むしろどうしてやらなかったんだ? 何より、そこが一番重要なところだろう、俺。 ああ! 冷静になれ、冷静になるんだ。 (あれ。おかしいな。何かこの木じゃ駄目な気がしてきた。この木だとちゃんと死ねない気がしてきたぞ) こういうのが一個ひっかかると、俺、前に進めなくなるんだよなあ。 恋愛以外は、石橋を叩きまくってしか歩けない人間なんだ。これでも。 どうしよう、この木よりも頑丈そうなものを見つけてみるか? 俺は脳みそをぐるぐるとフル回転させる。 なにも公園はここだけじゃない。 自分の最後だ。完璧に、華麗に終わらせなければ意味がないんだ。
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