第三章 「リード・ミー」

2/36
881人が本棚に入れています
本棚に追加
/274ページ
コロッケってなんであんなに美味いんだろう。 あの小判形の茶色の塊の中に肉がぎっしり詰まっているわけでもないのに。 中に詰まってるのは芋だぞ、ただの芋だ。 その芋を茹でて、潰して、炒めた玉ねぎとミンチを混ぜて、塩コショウして、丸めて揚げるだけの簡単な料理なのに。 クリームコロッケは邪道だ。カニクリームコロッケなんてもっと邪道だ。 やっぱり芋がぎっしりの、ほくほくの、もさもさの、あれがいい。たまらなく、いい。 「いやあ~久しぶりにあんな立派なお弁当を食べましたねえ?」 商店街の揚げ物屋の店の前に貼られた「コロッケ本日2個150円」の張り紙に心を奪われていた俺は、先生の声で我に返った。 はっとした瞬間、俺は自転車の後輪のでっぱりに掛けた足を滑らせ、振り落とされそうになってしまった。 「おっ……っぶなっ……」 「おや?大丈夫ですか?優作さん」 自転車のニケツなんて、いつ振りだろうか。 学生時代、ならば、もう10年以上前の話だ。 しかし何が悲しくて、俺は50のおっさんの後ろに乗り、商店街を自転車で疾走しているのか。 話は数時間前に遡る。 商店街から少し離れた所にある、地域の集会所。 そこで週に一度開かれる高齢者文化セミナー(なんだ、そりゃ)に、先生が「高齢者にもできる簡単マジック講座」(なんだ、なんだ、そりゃ)の講師として呼ばれたのだ。 いわゆる、ジジババ集めて、ちょっとしたイベントをやろうっていうことなのだが、先生に頼まれて、俺はその助手として参加をすることになった。 先生が用意した手品の道具をでかい旅行カバンに詰め込み、いざ出発、となった時に登場したのが、この古いママチャリだ。 油切れを起こしていてブレーキをかければキキキイ!とカン高い音が鳴り、走るとタイヤがぐらつく、かなり年季の入った先生のマイ・カー。 得意げに運転手をかってでたのは先生だ。 その後ろに乗り、今俺たちは帰宅の真っ最中というわけだ。
/274ページ

最初のコメントを投稿しよう!