第2章 涙の理由 楓夏

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「いづれの御時にか。女御、更衣あまたさぶらい給いけるなかに……」 セミたちの鳴き声の間をすり抜けて、爽やかな風に乗った声が窓の外から私の耳に届いてきた。 あっ、と思いその声だけに全神経を傾ける。声は隣の教室から聞こえてくる。そっか二組は古典の時間なのか。 きっと岡本先生に指名されて源氏物語を音読させられているのであろう声の主は夏樹だ。 夏樹の声は、窓際の席で一人授業に集中していない私だけに届いてくる。私の心の中にすっと入ってきてすぐに溶けてしまう。 うん、やっぱり好きなんだなと思う。 夏樹の声はただ低いだけでなく、透明さとかそういうのを持っている気がする。 他の男子のただ低く野太い声が低い方の‘‘ド’’なら夏樹の声は‘‘ミ’’だ。 一年生の時、初めて夏樹の声を聞いた時から私はそう思っていた。 よく恋の始まりは一目惚れでした、とか言う人がいるけれど私の場合は‘‘一聞惚れ’’と言うのが正しい。 教室で友達と話している声、グラウンドで練習中に出す大声、いつからか私は学校に来ると夏樹の声を探すようになっていた。 それが片想いの始まりだった。
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