第1章 夏の始まり 楓夏

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「試合の日までそんなに日にちがないので、みんな集中して練習に参加してください」 静まり返った音楽室に私の出来る限り低音で発した声が響いた。少し低くし過ぎたかもしれない。もうちょっと明るい声で言えたら良かった。後輩たちの表情が固くなってしまった。 不用意な一言が周りのみんなを緊張させたり、悲しまさせたりしてしまうということを部長になってから身を持って知った。 「ではいきますよ」 顧問の岡本先生が指揮をとろうとする。どんなに朝早い時間だろうと、岡本先生は毎朝ビシッとスーツを着こなして私たちの前に現れる。 先生の指先に視線を集中させて私たちは各々の楽器を構える。ゆっくりと先生の指先が動き出していく。 それに合わしてティンパニー、シロフォンといった打楽器パートが先陣を切っていく。地面を叩いていくような音。そこにピッコロやフルートの木管楽器パートが加わっていく。低音の中に爽やかな高音が交わり曲の雰囲気が変わる。 先生の指先がこちらを向いた。最後に音を奏でていくのは私たち、金管楽器パートだ。 全神経を研ぎ澄まして音を出す。トランペットの先から出ていった音は宙に舞って先に宙に浮いていた音たちと合流する。 さっきとは違って今度は行き先を見つけたみたいで、彼らは開けっ放しの窓の外に飛んでいく。 そのまま寝坊している奴らを起こしに行ってこい。
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