第1章

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秘めた想い  序章  街外れ…。  この街ができる以前からその場所に断っている古い寺の境内に二つの人影があった。  一人は四十代くらいの男性、もう一人はまだ十代前半くらいの少年の陰だった。 「親父、どうしても俺がやらなきゃならないのか?」  少年の声には怒りと戸惑いがあった。 「そうだ、『紅い菊』が目覚めてしまった以上、一刻の猶予もない」  父親らしい男の声には決して動くことのない決意があった。 「だけど、なんで俺が…」 「お前は選ばれたのだ。その剣に…」  父親はそう言うと少年の手の上で冷たく光っている小刀を指さした。 「『紅い菊』はその剣でしか倒すことはできない」  冷たい風が境内を吹き抜けていく。  その冷気は二人の体温を容赦なく奪っていく。 「お前が決心できないのは私にもわかる。何しろ幼い頃から一緒だったのだからな。情が移るのも無理のないことだ…」  少年は答えない。  父親は続ける。 「だが、そのままにしておく訳にはいかないんだ。『紅い菊』は人を殺す。それも大勢の人間を…」  少年はまだ何も言わない。  父親は少年の肩に手を置く。 「俺には…、できない」 「これは宿命なのだ。誰かが背負わなければならない運命なのだ」  父親の視線が少年のそれを捉える。 「わかってくれ、啓介」  榊啓介は手にした小刀を鞘に収めた。  第一章  冬  街路樹の葉が落ち、街角に灰色の空気が満ちている。人々は肩を竦めて通り過ぎていく。心なしか街の音も淋しげに聞こえる。  鏡美鈴はこの寒い季節が嫌いではなかった。  誰もが活気づく夏の騒がしさに比べて冬はしっとりと落ち着いた感じになるからだ。  母は冬は嫌いだという。  バイクに乗ったときに冷たい風が身を切るからだという。  同じ親子なのに好みは違うものなのだな、美鈴はそう思いフッと溜息をついた。  クリーニングから戻ってきたばかりの紅いマフラーの隙間から白い吐息が漏れ出ていく。 暖かいものが唇に触れる。  冬の淋しい夕暮れ、街灯の明かりが灯り始める。  美鈴は一人家に続いている道を歩いていた。  いつも一緒にいる佐伯佐枝は部活動の日だった。榊啓介と杉山義男はサッカー部の練習だ。  部活に入っていない美鈴は時々こうして一人で帰ることがあるのだ。
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