第1章

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ふるさとの抵抗  序章 『通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細通じゃ…』(作詞・不詳 本居長世 編・作曲)  どこからか『通りゃんせ』の歌が聞こえてくる。夕暮れ時、子供達がそれぞれ自分の家路についていく。  そうした中で一人の子供が姿を消した。  第一章  噂  昼休み、教室の中はざわめいている。午後の授業が始まるまでまだ暫く間がある。  鏡美鈴はいつものようにぼんやりと外を眺めていた。長かった夏が終わり、吹き付ける風にも少し冷ややかなものが混じるようになってきた。こうしてぼんやりと眺めていると次の季節の訪れが見えるような気がしていた。  仲間達は相変わらず佐伯佐枝の元に集まっている。榊啓介、杉山義男、大野孝、和田美佳の四人だ。噂好きの佐枝はその性質のため情報を多く持っている。彼らはそれに集まっていると言ってもいいくらいだった。 「おい、鏡。何ぼんやりしているんだ?」  不意に啓介が声をかけてきた。 「そうだぞ、お前最近付き合い悪いぞ」  義男がそれに続く。  確かに美鈴は彼らと距離を置こうとしていた。ある日突然、自分の中に入り込んできた『紅い菊』という存在とそれに呼応するように起きた不可思議な事件。美鈴にはそれらが自分を中心にして起きているような気がしてきたのだ。勿論、それは単なる偶然なのかもしれない。思い過ごしなのかもしれない。けれども、もしそれが本当であるならば、いつかは彼らを巻き込んでしまうかもしれない。美鈴はそう考えて距離を置こうとしていた。  だが、彼らがそれを知るはずはなかった。いつものように美鈴との付き合いをやめようとはしない。それはそれでいいのだろう。無理矢理それをしようとすれば、どこかに歪みが生じる。だからあくまでも自然に離れていくのがいいのだ。美鈴はそう思っていた。 「ねえ、こんな噂知っている?」  何かに気づいたように佐枝が口を開いた。  美鈴も知らないうちに耳を向ける。 「夕方になって、『とおりゃんせ』の歌を聴くと、その人が消えちゃうっていうの」 「あ、それなら俺も知っている。この辺の小学生の間で流行っている奴だろう?」  義男がそれに続いた。  佐枝と義男は去年の冬から付き合っていた。だから情報が共有されていてもおかしくはなかった。  それに彼女たちは二人だけだいる時間も多くなった。付き合いが悪くなったのは美鈴よりも佐枝達の方だ。美鈴はそう思った。
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