ひとつめ

2/10
前へ
/325ページ
次へ
恋愛なんて忘れた。 毎日はただ働いているだけで過ぎていく。 自分の年齢を数えるのが嫌になった。 月日は何もしなくても巡っていく。 仕事の帰り道、電車に揺られて、窓に映る冴えない疲れた顔の自分を見る。 外は真っ暗で、車内は明るくて、まるで鏡でも見ているかのようによく見える。 冴えない、疲れた顔の自分。 そんな自分の顔が嫌にも思って、あまり混んでもいないから、前髪をなおしながら表情をつくってみた。 にこっと笑いかける。 窓に映る自分に。 営業スマイルは仕事のお陰で得意になっているかもしれない。 得意ではあるけれど、かなり貼りついた笑顔。 頬を摘まんで引っ張って、うりうりと自分の顔を虐めていたら、次の駅で降りるらしいサラリーマン風の酔っ払いに見られて、後ろで吹き出して笑われた。 少し恥ずかしくもなって、おとなしく何もしないでおく。 電車はホームに入り、扉が開いて、人が降りていく。 乗ってくる乗客もいない。 席はあいたけど、次の駅で降りるし、と、そのまま立って、扉が閉まって外の風景が流れていくのを見る。 なんでもない日常。 最寄り駅で電車を降りたあとは、もう夜も遅い時間だけどご飯をコンビニで買って、一人暮らしの部屋に帰る。 ワンルームなんだけど、それなりに綺麗なマンションかもしれない。 駅から徒歩で帰れる場所にあるのはうれしい。 電車の音が何気ないときに聞こえてきたりもする。 テレビをつけて、誰もいない部屋で一人でご飯を食べて、お風呂に入って眠る。 眠るためだけの場所なのかもしれない。 いつも特に何もしていない。 それでも朝がきて、昼には仕事にいって、夜に帰って眠る。 もう少し時間帯が違う仕事をしていれば、仕事あがりにどこかへ遊びにいくとか考えたのかもしれない。 過ぎていくだけの時間。
/325ページ

最初のコメントを投稿しよう!

473人が本棚に入れています
本棚に追加