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結婚して失敗して、一人で生きていこうと思っていた。
でも恋愛をもう一度始めてみたら、誰かといて楽しくなることを思い出して。
嫌になることも思い出したけど、好きな人がそばにいてくれてうれしいことを思い出した。
フィッティングルームの床の掃除をして、鏡を磨いて。
ふと鏡の中の自分を見る。
にこっと笑いかけてみる。
営業スマイルだけど、いい笑顔だと我ながら思う。
自分の頬に手を当てて、頬の筋肉を軽くほぐしてからもう一度、にこっ。
そんなことを繰り返していたら、鏡越しに怪訝な顔で私を見ている隆一くんが見えて、慌てて振り返る。
ちょっと恥ずかしい。
「言われたこと終わりました。……笑顔の練習?」
「気にしないで。えっと、じゃあ、メンズのマネキンの服、適当に見繕ってくれる?本部からは白を基調にって指示が出ているから、差し色入れて」
「差し色苦手なのに」
「白だからなんでも合うじゃない。たとえば、これにこれを重ねて…」
見本のように近くにあった服でコーディネートを作ってみる。
「あ、いいな、それ。それってそういう着方するのか。静葵さんがやったほうが売れると思うんですけど」
「隆一くんが慣れないと意味ないじゃない」
「この前着せた服、欲しいって見てもらえなかったし、自信喪失中」
「そういうときもある。隆一くんが着たい服を組み合わせればいいだけ。ほら、やって」
「はーい」
隆一くんは自信なさげに仕事を始めようとして、何かを思い出したかのように振り返る。
「俺、静葵さんがいない間の店長代理から社員に登用してくれるって」
そんな報告をくれた。
がんばって育てた甲斐があったかもしれない。
城谷さんのこととか問題はあったけど、仕事はできるし。
「おめでとう。よかったね」
「静葵さんから店長職奪うわけじゃないから、一段落したら戻ってきてくださいよ?社員にはなれるけど、店長しているのは代理の間だけだし、わからないことあったら休みでも静葵さんに聞きますから」
「聞けるように隆一くんが代理になるのかもね」
そのあたり、考慮してくれたのかなと須賀さんを浮かべる。
尊敬できる上司がいるっていいものだ。
「そうかもしれないけど…。静葵さんのおかげ。ありがと」
隆一くんはお礼を言って、どこか恥ずかしそうに仕事に入っていく。
お礼を言われた私のほうが少し恥ずかしい。
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