第1章

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「お母さん? この香り、なんですか?」 この前から気になってたのよね…何の香りなのか… キンモクセイのような… それとも違う、何かすごく、 懐かしい感じの香り。 開けたキッチンの窓から香る風に目を閉じる… 「なになに?」 隣に立ったお母さんが、空気を吸い込む。 「ああ、みかんの花だね。 もうこんな時期なんだね… 昼間は暖かいはずね?」 みかん? みかんの花の香り? 初めてだ! なんか嬉しい。 「ほら、歌にあるでしょう? みーかんのはーながさあいてーいるー おーもいでのーみちーにおーかのーおーみちー こんなんだったかな… こっちの歌じゃないみたいだけど、 みかんの花が咲き始めると、もうすぐ夏が来ると感じるんだよ…」 鼻歌を唄いながらキッチンでふたり、 夕食をつくる… 「おばさん! 麻美ちゃん!」 カズさんの声。 「親父がさ、今日とってきたやつ。 活きがいいからさ、麻美ちゃんに食べさせてやれって。 ご飯まだだろ?」 大きな鯛をザルに抱えて、キッチンにまで入ってくる。 「まあ!立派。 始めて。こんなに大きな…」 「ほんと!いいのかい? 売りゃあ、結構な値段がつくだろうに…」 「いいんだって。 お金にしたら形がなくなるけどさ、 麻美ちゃんに食べてもらったら赤ちゃんのためにちょっとでもって。 楽しみにしてるんだよ? 麻美ちゃんの赤ちゃん!」 嬉しくて、嬉しくて。 この子を楽しみにしててくれる人が… それも赤の他人の私の…
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