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「毎度有り」
その男は『川名』と私に名乗った。
年の頃は30代前後。髪一つ生やさない艶々とした輝きが特徴的だ。
顎下に伸ばした髭がその男の蒙昧とした素性を表していた。遊興の徒と書く事が適していそうだが、ただの狼藉物にしか見えないのはその恰幅の良さだろう。
「取材費の一部なんです、しっかり女の子を呼んで下さい」
私の問いかけには相槌だけ打ち、嬉々として財布に金をしまう。その動作に呆れながらも、こっちも明日の飯の種に取材をしなければなるまい。
風俗畑出身の私には格好の商売だと思った。
が、そんな事は幻想に過ぎない。取材で抱ける女はせいぜい二人くらいで、後の三人は地元の風俗事情を聞いて終わりだったりする。
『飯が食えるだけありがたいと思え』
友人の編集長に言われた言葉が脳裏によぎる。
「あんた、今から出来るのか」
今度は私が無言で頷く。男はすっと携帯電話を取り出して店にでもかけ始めた。立ち上がると畳が古く、ぎしぎしという音が室内に響く。
ここは山荘『雅仙楼(がせんろう)』
群馬県の県南部、関東平野が一望出来る小山のあばら屋だ。というのも、私がここの取材に来たのは初めてではない。
実は三回目なのだ。
親戚の叔父が経営しているのでどうしても贔屓にせねばなるまい。まるで自分の家に泊まるかのように、私は旅館代を誤魔化して泊まっていた。
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