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時計といった貴金属が肌に合わなく、携帯電話も持たない私にとって時間を確認するのは常に周りの環境に依存せざるを得ない。
そもそも文筆業を営んでいれば自由人だ。締め切り前は家にいるし、いや、締め切りでなくとも取材など早々無い話だった。
「そろそろか……」
男特有のこの感覚。
新しい女と仮にも肌をあわせるとなれば、否が応でも緊張する。
そわそわが最高点に達し、私は思わず窓を開けて深呼吸をした。
その時。
ざわりと、風が頬をかすめ。
「うわぁああ!」
私の全身は総毛だった。
居るではないか、女が。
縁側の端に。
「な、ななな、どうして、だ、だれ?」
女は青白い顔を私に向けて、すっと立ち上がる。
身構えると女はゆっくりと口を開いた。
「……呼びました……よね?」
「ああ、ああ、そういうことか……」
なぜだ、なぜ玄関から入らない?
叔父も私の仕事は知っている。この旅館はそういう『行為』をするのに好都合なのだ。縁側に座って待つなんて話は聞いたことが無い。
「どうして玄関から入らないんだ?」
歳の頃は20歳前後。彼女は微笑み、そして誤魔化した。
風俗特有のさば読みも無さそうな痩身の女。衣服にはこれと言って目立った特徴も無い。髪形も肩にかかるくらいの長さ。
しかし、その瞳だけは怪しく濡れていた。
「ちゃんと玄関から入らないと……」
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