序章 胎児

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「・・・はぁ・・・」 少し”声を出していた”ので、喉が渇いた。 女は甕に入っていた汲み置きの水を柄杓で掬い、一口含んだ。 「・・・ふぅ。」 冷たく透き通る水は、女の喉を潤す。 「・・・おいしい・・・」 皮肉な物だ、と女は思う。 人類がほぼ滅亡してしまった、現在。 人為的な汚染が無くなった、ただそれだけの事で、川の水や地下水が普通に飲める世界になっている。 「水の自浄作用も、馬鹿に出来ないわね。」 自浄作用。 自らの口から出た言葉に、感慨を深くする。 「・・・」 15年前の、あのパンデミック。 それによる、人類の滅亡。 それは、この地球の、自浄作用の一種だったのでは無いか・・・と。 その証拠の一つが、この水だ。 「・・・だったら、人間て一体何だったのかしら・・・」 応える者のいない、問い。 それが滑稽に思えて、女はひとしきり、笑った。 そう。 人類は滅亡したのだ。 彼女の言葉に相槌を打つ存在も、或いはそれを否定する存在も。 「・・・」 どこにも、いない。 「・・・」 女はふと、視線を上げて、”それ”に眼差しを注いだ。 「・・・」 円筒状の、ガラスケース。 外界とを隔てる、その透明な壁の内部には。 「15年、か・・・」 半透明な、黄色い液体。 人の羊水を人工的に模した薬品だ。 そして、その中で漂う・・・ 「お前も、15歳・・・いえ、14歳になったのね・・・」 一人の、”少年”。 女は、これをずっと守り続けている。 「あなたが自由に外を駆け回る日は、何時来るのかしらね・・・」 或いは、永久に訪れる事が無いその時を思い、女の目が細められる。 「あ。」 ガラスケースの中の少年が、ゆっくりと身をよじる。 手足が蠕動とも言える動きを見せる。 瞼が、震える。 使用しない事による筋肉の委縮を防ぐ為の、電流による強制運動だ。 少年自らの意志による動きでは無い。 「あ・・・」 だが、女の目には。 「明日馬・・・」 少年が、前衛的な舞踊を自分に披露していてくれているように思えた。 がしゃん! 突然、頭上で物音がした。 「・・・来たわね。」 女は、傍らに並べてあった自分の得物、棒手裏剣を掴み 「明日馬。行ってくるわね。」 聞こえてはいないであろう声を少年に残し、踵を返した。 少年は、未だ眠りの中。
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