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「……眠り姫は、いつになったら目覚めるのだろうな…」
事件当時は乾ききっていた唇は、今はぷっくりとした瑞々しいものに変わっていた。
頬に射す赤みも、体温も、生きている証拠。
「…………少し…だけなら――いいか?」
もぞもぞと布団から這い上がり、ジャクシルはチルミーナの頭を挟んで手を置き、唇をぐぐっと近付ける。
「…………んっ…」
唇が触れ合うかの瞬間。
ほんの僅か、ほんの僅かに唇が動いた気がした。
「っ!
チル…、チルっ……!」
ジャクシルの心に張り詰めていた糸がぶつんと切れた。
眠るチルミーナの身体を跨ぐようにのし掛かり、唇をこじ開けていた。
意味のない行為、身動きのとれない者相手に何をしているのかと自問するも、止められなかった。
「チル……チルミーナ……、チル……!」
情けないと知りつつも、どうしようもなかった。
しかし、熱が醒めるのもまた、すぐに訪れる。
「……何をして…いる……私は――」
眠るチルミーナの服をまくりあげ、露わになった形のよい胸に触れた時、どうしようもない虚無感に苛まされた。
服を正してやり、再度チルミーナの隣に腰を落ち着けたジャクシルがふと天窓を見上げれば、先程よりも光が増しているように思えた。
「…………ジャク…シル…?」
白く細い手がジャクシルの頬に触れるように伸ばされた。
「どうして泣いて……るの……?」
閉じられていたブラッドオレンジの鮮やかな瞳が月明かりに輝いていた。
指先がジャクシルの涙にそっと触れ、指先からつうっと手の甲に伝い降りた。
「……さあ、なぜだろうな……そんなこと、もうどうでもよい……!」
伸ばされていたチルミーナの腕を引き寄せて起き上がらせると、ジャクシルはチルミーナの身体を自分の胸板に押し付けた。
「あ、えっ、ジャクシル……?」
「しばらく……こうさせてくれ……」
「…………うん、いいよ。
やっぱりジャクシルのここ、あったかい」
より細くなってしまった腕がジャクシルの背に回ると、それだけでジャクシルの心は満たされていく気がした。
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