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知子は従姉に混じって子供の頃からピアノを習っていた。自宅には小さな足踏みオルガンがあって、毎日のように練習していた。彼女も恩知らずのわがまま娘ではない。伯父に遠慮をし、控えていたけれど、問えば答えたはずだ、本物のピアノが欲しいと。
当時、ピアノは大変高価で自宅に置ける家庭はごく限られていた。グランドピアノのような大きなものは学校や公共施設でもなかなか所有できるものではなく、地元の有力者が寄付をするような類の品だ。
もし、ピアノなのだとしたら、妹はどれ程喜ぶことだろう。
わかったよ、と言うように幸宏は口角を上げて父に笑みを見せる。
遠くで小鳥がちよちよと鳴いていた。
「父さん」
「何だね」
「父さんは、怒ってる?」
「僕が? 何故」
「だって、反対を押し切って医学部を受験した。入学を決めた」
「うん、さすが幸宏君だ」
「でも、一度も褒めてもらってない」
息子に背を向けたまま、並木に見入ったかのように父親は動かない。
倫宏は背が低い。幸宏も高くはないが、今では父親の背をとうに抜かしていた。
「褒められる為に志望したのかな」
「違う」
「なら、いいじゃないか」
「……父さんは、僕は医者に向いていないと言った」
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