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幸宏が郷里に帰ってほどなく、倫宏は任地へ向かった。東京へ向かう荷造りをしていた時だった、父の訃報が飛び込んできたのは。
その日、人を踏むのもためらわないクシナダは地雷を踏み抜いた。人馬もろとも吹っ飛び、クシナダの身体は四散した。父も深手を負った。太腿の動脈がちぎれて大量に出血し、腹が裂けては助かりようもなかった。
父の遺体は国には戻れず、現地で葬られた。
父を看取った看護兵が、最期の様子を伝えてくれた。
クシナダの無残な姿を目にして、「かわいそうに」と顔をしかめ、「また痛い思いをさせてしまった」とつぶやき、絶命したという。
母、瑞樹のことだ、と思った。穏やかな最期ではなかったと聞いていたからだ。
遺留品として届けられたわずかな頭髪と爆破の名残を留める軍服を棺に収め、速成の野辺送りをした。
四十九日も明けない内に進学の為上京した幸宏は、まずアパートの窓を開け放ち、一升瓶をどんと置いてコップを2つ並べた。それぞれの器になみなみと酒を注ぎ、自分にと手に取ったコップの中身を一気にあおった。
屠蘇や正月にふざけて飲んだ杯を除けば人生初の飲酒だ。
一杯飲んでは次と、臓腑におさめた。
本来なら。皐月か入梅の頃、差し向かいにもう一つのコップを手にしていたのは父だったはずだ。
酒の力を借りて語れることもたくさんあっただろう。
酔えない。
こんな飲み方ではちっとも美味くなんかない!
酒は素直に身体にまわり、身体はほてり、心臓がまるで高熱が出た時のように脈を打つ。
その時、幸宏は泣いた。
父の死を聞いても、葬儀の時も一粒もこぼれなかった涙が止まらなかった。
ここにいるべき人がいない。
何に憤ったらいいのかわからず、ベソをかきながら呑み、そして吐いた。
戦時色が強まる中、幸宏はもう子供ではいられない自分を自覚した。
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