【2】少年期 

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大学での日々は怒濤のように過ぎていた。休みはあってないようなものだった。世間は幸宏の事情にまったく絡まず粛々と物事が進んでいく。ありがたかった、何かに逃げるように学業に没頭できた。あっという間に父の新盆を迎える季節が来る。伯父から「大事な行事を忘れるな」と葉書が届き、この時ばかりは帰省した。線香の香りと読経。何と忙しないことと伯母を嘆かせ、忙しいんです、と言い訳をしてトンボ帰りのように東京へ戻って日が浅い頃だった。妹から電話がかかってきたのは。 「父さんから届いたの!」 開口一番、叫ぶ。 「父さんが……何」 余りにも声が大きくて耳を押さえながら問う幸宏は最初何のことかわからなかった。 「馬鹿なこと言うなよ、先頃、盆の法要が終わったところだろ」 「ピアノ!」 「は」 「大きなピアノが届いたの!」 最後は悲鳴のようだった。 知子にも考えてある。 そう言って笑んだ父の横顔が脳裏に浮かんだ。 クシナダに乗って旅立った父。その姿と生き物が放つ生の臭気が死の抹香に取って代わる。 父は、死んだ。もう、この世にはいないんだ。 阿呆のように口を開けて見上げた天井の縞模様がぼやけて見える。涙だった。 心が痛い。 会いたい人に会えない、もう二度と会うことは叶わない。 これが死だ、そして今の世の中の状況。 天寿を全うすることなく、大義名分の元、今も多くの命が失われている。不敬罪と捉えられても仕方のない発想だ、危険だと警鐘を鳴らすもうひとりの自分がいる。 けれど! 何かが間違っている。狂っているんだ!  父は死ぬべき人ではなかった! 電話の向こうとこちらで、兄妹は父の死を哀しんだ。
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