【2】少年期 

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武の家はご維新以前から医療従事者を排出する家系で、かつ地元の有力者を務める家柄。父の実家は羽振りが大層良かった。 幸宏の父・倫宏(のりひろ)は陸軍軍医。学生時代に受けた陸軍の教練で初めて騎乗したとは思えないほどの腕前を披露した乗馬の名手で、医業より乗馬の方が腕が立つと揶揄されていた。 弟が軍医なのだから、その兄である武本家の当主・巌宏(いわひろ)も医師で、地元で開業医を営む傍ら県議を務めていた。 幸宏が学業に秀でていたのは血筋というより親や親戚の背を見て育った部分が大きい。 小学生で神童、進学する先々でも神童、最終学府でも見事に神童と、嫌味なぐらいに成績が良く、学業で他人の背中を見た記憶はほとんどなかった。父達と同じく自分も医者になるのだと思い定めたら尚更、学業で人に負けるわけにはいかない。絵に描いたようなガリ勉、典型的な秀才だった。 母はいない。若くしてこの世を去っている。白い肌が印象的な美人だったという。わずかながら残る写真には日本髪より洋髪が似合う女性が写っていた。幸宏が産まれる前に夫に付き添って大陸に渡り、帰国して間もなく、妹・知子を出産して死んだ。慣れない土地で幸宏を産み、そこでの暮らしはわずかならぬ澱として彼女に降りかかって母の寿命を削ったからだ。大きな腹を抱えて帰国した頃、彼女の命は風前の灯火に近かった。
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