【2】少年期 

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◇ ◇ ◇ 母の死後、幸宏と幼い知子を抱えた倫宏は東京でしばし過ごし、その間は大学で後進の指導に当たった。期間にして数年。任期を全うした後は、親子共々地元に戻り、本家近くに居を構え親子三人、三人四脚で暮らした。 だが、時代はきな臭い方向へ進んでいく。彼は軍医だ。本来の任地は戦場だ。いよいよ従軍が避けられなくなり、親子三人水入らずの暮らしは長続きしなかった。父不在の間、子供たちは倫宏の兄の家へ身を寄せた。 甥と姪を引き受けた本家の当主、巌宏は大変厳格な明治の男だったが理不尽な人物ではなかった。裕福か否かは関係なく、元々懐の広い人物だった。自身も子供を何人も持ちつつ、弟の子も同列に扱って分け隔てせず、家人や使用人にもさせなかった。実際、幸宏は本家にあって苛められた経験はまったくなく、兄妹は歳が離れた従姉と歳が近い従兄に囲まれて育った。しあわせな子供時代だった。 が、一旦屋外へ出るとそういうわけにもいかない。子供の世界はそれなりに狭くきびしい。頭脳面で早熟で、年長者に混じって早くに進学した幸宏はいろいろと規格外で目立った。
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