【2】少年期 

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「仕掛ける以上は決して負けるな」 父の言い分はごもっとも。 真新しい鉄棒にぶら下がり、腕力を鍛え、暇があれば自宅の鉄棒相手に鍛錬を重ねた。そこから身体を駆使する喜びに目覚めた。ケンカそっちのけで練習し、誰よりも強くなりたい一心で幸宏少年はがんばった。負けん気の強さと粘り強さ、集中力が培われ、気がついたら近隣では並ぶ者のない器械体操の名手となっていた。当然、回数を重ねたことも手伝ってコツのようなものを会得し、いつしかケンカでも負けないようになった。 あいつと張り合っても無駄だと喧伝される頃には幸宏の顔から生傷は絶えた。 そこにあるのは強い意志の力を顕す賢しい瞳を持つ少年がいた。 顔立ちも良い、頭脳も明晰、腕っ節も立つ。そんな彼の唯一の欠点は平均的男子より少し低い身長で、これはとうとう伸びなかった。 身長は低くても長年鍛えた幸宏の柔軟性と身体能力は高く、他の学科同様体育の点数もトップクラス。当然器械体操では彼に敵う者はなく、素早い動きから、まるで隼が急降下するようだと称された。開催が近い東京オリンピックを目指すと広言できるくらいに技量は自信があった。が、後の歴史はそれを許さず、実際に東京でオリンピックが開催されたのは敗戦後のこと。彼の小さい野望は潰えたのだが。
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