九章

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美紀が僕に嘘をつく理由なんて無い。 「公平…帰るわ」 頭の中はぐちゃぐちゃだった。美紀の言葉は覚えているのだけれど、まるで現実感が無かった。 ぼんやりと自転車を漕いでアパートに辿りつけば、薫さんの白いマウンテンバイクが止めてある。 僕はその横に自転車を並べて階段を上った。 少しだけ和らいだ暑さに、ドアを開けてもそれ程むっとした空気は流れていない。 壁に立てかけた薫さんの絵が、あの時の侭で優しく微笑んでいる。 騙されてた?僕が? 騙してた?薫さんが? 何が本当の事で… 僕はどうしたら良いのか…さっぱりわからなかった。 ただ薫さんの絵を眺めて動く気力もなくベッドに横たわる。 あのアトリエで過ごした時間も…微笑んでくれた表情も… 全てが嘘だった?
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