第一部 第1章 暗闇の恐怖

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電車を降りて改札口を出ると、 人はそれぞれに四方に散り、暗闇の中に姿を消した。 時計は既に深夜0時をまわっている。 池田信二は、その日も残業をしたあと同僚といっぱいひっかけた。 信二の住むマンションは駅からわずか5分のところにあるので、遅いのは気にならない。 あとは風呂に入って寝るだけだと思いながら、ゆっくりと我が家に向かった。 ふらふらと酔いに任せて門扉が見えるところまで歩いて来たが、 そこで、ふと足が止まった。 まどろんでいた意識が、一瞬にして覚醒した。 ー何かがいる。 何処からか自分を見ている強い視線を感じるのだ。 息を止めて、ゆっくりと周囲に目をやった。 何も見えない。 しかし、誰かが見ている気配がする。 今度は息を潜めて聞き耳をたてた。 だが、何も聞こえない。 あたりを見回すが暗闇に目が慣れていないので、相手がどこにいるのか分からない。 入口周辺はマンションの影になり、外灯の光が当っていない。  ― 強盗か。 心臓がキュッと収縮した。 信二は、右手の拳を固め左手を前に出す左半身の姿勢をとり、腰を落とした。 学生時代に習った空手の構えだ。 じっと周囲の気配を探る。 そして、マンションの敷地や隣家との境を覗いてみる。 しかし、誰もいない。 それでも、誰かに見られているという気配がある。 不安が募る。 信二はドキドキと脈打つ心臓の鼓動を耳にしながら、ふと顔をあげた。 すると、マンションの門柱の上で光る二つの黄色い目に気がついた。 一瞬、体が硬直した。 逃げようとしたが、足が強張って動かない。 唾をゴクリと呑みこんだ。 その目の奥の縦長の黒い瞳はピクリともせず、じっと自分を見つめている。 まさか豹ではないだろう。 横浜の住宅街に。 心臓がドクドクと耳の中で大きな音をたてている。 息苦しくなってきた。 信二は気持ちを鎮めようと、息をフーと吐いた。 肩の力が少し抜けた。 目も少しずつ暗闇に慣れてきた。 すると光っている黄色い目の周囲の輪郭がぼんやりと見えてきた。 まっくろな毛で覆われている大きな「猫」だ。 心臓の音がまた耳の中でドクンと鳴った。 信二は犬は好きだが、猫は大の苦手なのだ。 小さい頃、家でコリー種の犬を飼っていた。 名前はメリー。 いつもメリーと遊んでいた。
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