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あるとき親に連れられて行った親戚の家にメリーよりはるかに小さな猫がいた。
信二はいつもメリーにするように「お手」を催促したが、その猫はしなかった。
そこでその手を掴んだところ、猫は爪を立てた。
慌てて手を引っ込めたが、猫の爪がひっかかり手の甲の皮膚が裂かれてしまい、
血だらけになった。
あまりの痛さに泣き出してしまった。
そしてそれがトラウマとなり、大人になってからも猫を見ると避けて通るようになった。
信二は、門柱の上にいる猫を見て喉元にこみあげて来た唾を呑み込んだ。
そして音をたてないようにゆっくりと後ずさりした。
経験上いっきに走って逃げると動物は後を追いかけてくる習性がある。
犬はそうだった。
といってもメリーはじゃれてくるだけだったが。
信二はなんとか道路の端まで退却した。
安全な距離をとれたと思いほっとして猫を見ると、もはや自分を凝視していない。
というよりも無視している。
さっきまで耳の奥でドクドクと音をたてていた信二の心臓も静かになった。
フッと大きく息を吐くと体の力がいっきに抜けた。
腕時計は既に0時30分になっていた。
しかし猫は相変らず門柱の上に居座っている。
あくまで信二をマンションに入れさせないかのように。
信二は思いきって足音を忍ばせ、そっと近づいてみた。
すると、猫はそれに気づいたのか突然こちらに顔を向けた。
信二はドキッとして体を強張らせ、息を止めた。
止むを得ず、またゆっくりと後ずさりする。
このままでは何時までたっても家に入れない。
―どうしようか。
どこかで時間を潰してくれば猫がいなくなるかもしれない。
そんな事を考えていたとき、寝静まった住宅街の中で突然携帯電話の呼び出し音が鳴った。
猫を刺激しないか心配になり、更に後ろに下がってポケットから携帯電話を取り出した。
「今どこ」
妻のイライラした声が響いた。
家に帰る時に連絡するのが習慣になっている。
だから、本来ならばとっくに家に着いている時間なのに、まだ帰って来ない。
妻が心配して電話してきたのだ。
「家の前」
「早く入ってらっしゃい。もうとっくに12時をまわっているわよ」
妻の甲高い声が耳の奥で響く。
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