第3章 美しさは女性のすべて

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「……アゲハさんは、研究所ではどんな人だったんだ?」  アラトが問いを重ねると、モズは考え込むように頬杖をついた。 「そうね、研究者としては優れていたわ。けど、他は何もできなかった。……研究ばっかりやってきた、少し残念な女の子。それがあたしの第一印象だった。おしゃれに興味もなければ、趣味もない。家事は何もできなかった。社会の常識も色々知らなかったし、抜けているところが多々あったわ」  相槌も打たず、アラトは饒舌になっていくモズの言葉を黙って聞いていた。 「丁寧だけど、どんくさくて、くだらないことですぐ落ち込んで、解決策を見つけようともせずに一人で泣いてる。そんな弱々しくてどうしようもない子だったわ。……そんな自分の面倒さえ見られないような頼りないあのアゲハが、十数年の間あんたみたいな男の子を一人で育てたことに正直驚いてる」  真偽を疑うようなモズの視線を受け止め、アラトはアゲハのことを思い浮かべた。短い間に思い出すことは多くあった。 「……確かに、アゲハさんは苦手なことが多かった。電化製品の使い方はよく間違えたし、包丁の使い方も下手で料理もよく失敗してた。体力がないから、ゆっくり歩かないとすぐに疲れるし、山道ではよく転んでた。裁縫をする時は針を必ず手に刺して怪我してた。俺が小さい頃は、色んな人に迷惑をかけてたし、たくさん苦労してたと思う」  記憶の中のアゲハが振り返って、少し困ったようにごめんね、と微笑みかけた。アラトは一度目を閉じた。 「けど、アゲハさんはたくさんの人に支えられてたし、何事にも一生懸命だった。……俺にはいつも微笑んでくれた」  アラトは思いつくままにゆっくりと言葉を紡ぎだした。モズは口を挟む様子はなかった。 「アゲハさんは、優しくて、強くて……綺麗だった」  次に思い浮かんできた言葉は、どうこう考えることもなく気付いた時には自然と口に出してしまっていた。 「確かにあなたはとても綺麗だ。……けど、アゲハさんの方があなたよりずっと綺麗だった」  アラトは何を口走ってしまったのか自覚し、はっとして口をつぐんだ。やはり黙っておけばよかったと悔やんだ。早く謝らなければとモズの表情を窺うと、モズは至極落ち着いた表情でアラトを見ているだけだった。怒りを買ってしまったと思っていたアラトは、一先ず胸をなでおろした。
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