プロローグ

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 天高く澄んだ空に、雲はゆったりと流れていた。  F国F県、エスカルデュー――。  プラタナスの大きな葉が街道を瑞々しい緑で飾る頃、この小さな村では殉教者聖マルクを讃える祭りが夕方から夜を徹して行われる。  何百年も前に敷き詰められたパヴェを歩く人々はそれぞれ讃美歌を口に村を練り歩き、日没前には松明を手にして輿に乗った聖者の像と磨り減った石甃の道を照らしながら行進を続けた。  別名『松明祭』と呼ばれる、知る人ぞ知る小さな祭りをカメラやスマートフォンに収めようと訪れた観光客の前を過ぎる光と影の、質素であれど厳かなパレードは、ゆったりと村外れの教会に向かって進み、祈りと共に締め括られるのだ。 「まだ録るのかい、シャルロット」 「素晴らしいじゃない。もしかして、もう飽きた?」  動画サイトに投稿するつもりでスマートフォンを構えている恋人の腰を背後から捉えた男は「いいや」と柔らかく否定をし、 「おれの心はもう、旨いワインとチーズに向いてる」
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