エミリー

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「そうね。こっちの道がいいわ」  導かれるままに付いていく。  家同士の軒が突き合う、猫と子供しか通らないだろう細い路地。落ちる滴を軽やかに避けて歩き、見通しの利かない先を、小さな後ろ姿は右へ左へと曲がる。  行けども行けども家並みは途切れず、あの店の裏はこんなに広かっただろうかと不審に思う頃。行く先に緑が見えた。  躊躇い無く葉むらをくぐり抜けたエミリーに続けば、文字通り、緑あふれる庭。 「早く。濡れてしまうわ」  庭の向こうの戸口で、エミリーが呼んでいる。  その家は蔦に覆われ、庭の一部がその形を取っているだけに見える程だ。  芝生を踏んで駆け込めば、そこはログハウスのようだった。  内装らしい内装は無く、テーブルも木の壁も新築のような色をしている。入ってそのままの広い部屋が居間らしく、奥にキッチンが見える以外はドアが一つしかない。 「ようこそ。ゆっくりして行ってね」  笑顔で真っ白なタオルを渡され、はっと立ち尽くす。  もしかしたら、とんでもない事をしているのではないだろうか。  誘われるままに付いて来たものの、今更我に返る。見ず知らずの者が居て、この子の保護者が帰ってきたらどう弁明すればいいのか。  包みを置いて戻ってきたエミリーはしかし、見透かしたように微笑んだ。 「大丈夫。今住んでるの、わたしだけよ」  杞憂かとほっとしかけ、それはますますまずいのではないかと、手にしたタオルへ顔を埋める。そうしていると、幼いのに一人暮らしである事情が、だんだん哀れに思えてきた。  エミリーは、そんな事も知らず、ぱたぱたと立ち働いているようだ。 「座って? 甘いものはきらいじゃ無いかしら。おいしいココアがあるの。それともコーヒー?」  言っている間に顔を上げると、手にしたポットからは湯気が上がっている。しかし答えを待たず、渋い焼き物のカップへ注がれた中身は、白い。 「あらごめんなさい。ホットミルクはいかが?」  困り笑顔で言われ、何も言えず頷いてしまった。
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