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ずっと前に、「どうしてそんなことが恥ずかしいんだよ」と聞いたことがあった。
「店員さんからしたら困るよねぇ・・・。わたしも首しか動かさないお客さんとかすごい困るもん。」
そういって眉を下げている彼女は、なにが正しいのか、どうしたら相手も気持ちよく仕事をしたり、サービスを受けたり、というやり取りができるのか、もちろんすべて解っていた。
解っていてもできないことは、彼女にとってはうっすらと降り積もり、一層二層と積み重なる。一層の違いの厚みはわからなくても、確実に、彼女の心に厚さを増して積もっていっていた。
「『店員さん』と話すの苦手でさぁ。」
「自分も店員だろ。」
「相手が『店員さん』のときは自分は『お客様』じゃない。自分が『店員さん』のときは自分は『従業員』じゃない。なんかよくわかんないけど、なんかさぁ、違うんだよ。」
なにが違うのかはきっと彼女にしかわからない。まったく同じものを同じように見て同じことを感じて生きてきた人間なんてこの世には一人もいない。僕と彼女も、もちろんそうだ。
本当は、彼女にもわからないのかもしれない。
だからこそ、理解してあげたい、と思う反面、一生それは僕にはわからない感覚だろうなと、諦めてしまうこともあって。
「立場が違うとなんか気持ち的に違うってのはあるよな。」
「なー。」
そんなありふれた言葉でしか表せなくて、やっぱり他人同士ということに寂しさを感じた。
食べ終わった皿の上には、赤いシロップと黄色いかけらが、下げられるのを待っていた。
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