第30話

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 俯いたままじっとしていると、痺れを切らしたのか、充供が身じろいだ。  僅かな衣擦れの音に、ピクリと肩が跳ねる。  「・・・・・座っても、いいか?」  静かに、聞こえた声。  落ち着いた、低い声だった。  以前と変わりない声音に、何を考えるでもなく反射的に頷いてしまう。  ほんの少しの間の後、彼が隣に腰かけたのがわかった。  沈黙が、二人の間に落ちる。  生暖かい風が頬を撫ぜ、私の前髪をほんの少し揺らした。  遠くで、セミの声が聞こえる。  その音に、なんとなく安心してしまう自分は卑怯だろうか。  「・・・・・元気そうで、安心した」  ふいに、彼の声が聞こえて反射的にそちらに目を向けてしまった。  相変わらず優しい表情で、こちらを見やる充供に、心臓がドキリと跳ねた心地がした。
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