日常を為すべきだと、刹那

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「誰も知らない。ああ、理事長だけは知ってるけど、そのほかは全く知らないよ」 「へえ…たいそうな演技力だな。まさか今目の前にいる奴があのチャラ男だなんて、ほんっと、びっくりってレベルじゃねえよ」 「自分でも、そう思うよ」 会話をどう続けるべきなのか、何という言葉を発したらいいのか全くと言っていいほど分からなかった。学園へのたった五分ほどの道のりが永遠に感じられる。 このままこの夜空に溶けてしまえたらいいのにな、なんてことを俺はふと考えた。 「桜川、それ、裸眼なの?…つーかその髪はどうなってんだ?」 何故だか俺への呼び方が「お前」から「桜川」へと変化した。そんなことを喜んでいる場合ではないのだけれど、俺にとってはそれがとても嬉しかった。 「これ?裸眼だけど…。髪は普段はスプレーで染めてんの。あとはアイロンでのばしてる」 副会長としてしか最近話していなかったから、どのように話したらいいのかが分からない。 俺、どうやって話していたんだっけ? 「まじで?普段のがカラコンなのは分かってたけど、裸眼が青だとは思ってなかったわ…青ってか藍色?…桜川、ハーフなのか?でも髪は黒だよな…」 「ハーフじゃなくてクォーターなんだ。何か目だけに特徴が出ちゃって…似合わないでしょ、はは…」 なんで気づくかな、と思いながら自嘲気味にそう言うと、先に続くべき言葉が見つからないもどかしさに耐えられなくなって、苦しくなった。 大体、飲み物を運んだ一瞬で目の色を確認されているだなんて思いもしない。 「綺麗だと思うけど。…俺はその目の色、綺麗だと思う」 ……え…? 思いがけない言葉に、冷たく固まってしまったボロボロの心が溶けていくような気がした。 ポツリと呟かれたたったそれだけの言葉に、胸が苦しくなる。 苦しくて、苦しくてどうしようもなくなる。
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