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―――とある旅館の狭い一室。
熱気の籠る部屋に控えめに生けられている花を横目で見ながら、俺は目の前で不貞腐れたような顔をして座る男に視線を送った。
話があるというから来てみれば、案の定ろくなことじゃなくて。
ふぅと深く息を吐きながら、俺はもう一度、奴の脳内に刻み込むようにゆっくり言葉を紡いだ。
「…稔麿。馬鹿なことは止めろ。いいか?今すぐに止めるんだ」
「はあ……晋作なら、てっきり僕のこと応援してくれると思ったのに」
―――人の気も知らねえでよくそんなこと言えるな、お前は。
乾いた声で紡がれた言葉に、そう言い掛けたがぐっと堪える。
裏切られたような、失望したような顔で俺を見る稔麿の瞳には、深い深い闇が広がっていて。
嗚呼、本当に。
恨みますよ、先生。
「そのうちバレるに決まっている。火事なんて、何件も続けば上が不審がるさ」
「だから、それを狙ってるんじゃないか。先生を奪った幕府が、為す術もなく僕達に滅ぼされたら面白いでしょ?」
「アホか。いいから放火なんて止めとけ。死ぬぞ」
「……晋作も桂さんたちと同じこと言うんだね。ちょっとがっかりだよ」
溜め息を吐いた稔麿が小さくもういいよと呟く。
「もういいよってどういう意味だ」
「五月蝿いな。僕は僕のしたいようにするんだから晋作は放っといてよ」
僕は先生を奪った幕府を絶対に赦さないよ。だから僕は幕府を滅ぼしてみせる―――例え、僕の命が消えるんだとしても。
決意を秘めたような顔で俺を見る稔麿に、俺は出来る限りの低い声を出す。
――――なあ、先生。あんた、なんて残酷な人なんだ。
俺達を置いて逝ってしまうような勝手さに、今こいつは振り回されてるんだぜ。
先生はどうして死んでしまったんだ。
なんで、生きようとしてくれなかったんだ。
だからこいつは、稔麿は盲目的に復讐に取り付かれて、幕府を潰そうと躍起になってるんだぜ?
なあ、先生。
なんで、死んだんだよ……――
「稔麿、復讐なんか止めとけ」
「…五月蝿い」
「復讐してなんになる?先生が帰ってくんのか?死んだ奴が帰ってくんのか?」
「……五月蝿い」
「なあ、復讐に取り付かれんなよ。幕府は確かに倒さなきゃならない。でも、それは今じゃないだろ」
「五月蝿いよ…っ」
「なあ、稔麿。死ぬなんて、言わないでくれよ。
―――これ以上大切な人を失うのは、俺はもう嫌なんだよ稔麿」
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