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「稔麿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!何処に隠れたっ!さっさと出てきなさいぃぃぃ!」
ふと愛しい彼女の声が台所の方から聞こえてきて、俺はふっと口許を緩ませた。
「今頃気付いたんだねぇ、希梨子は。ほんと馬鹿だね」
「…稔麿、君は今度は一体何をやらかしたんだ…」
―――長州藩邸のとある一室。
狭い部屋に向かい合って座る二人の男の内の一人―――吉田稔麿が藩邸に響き渡る女の声を聞き楽しげに笑っていた。
それを見た残りの男―――桂小五郎がふっと呆れたように溜め息を漏らす。
最近では、最早藩邸での日常となっている彼女の叫び声。
その内容がほぼほぼ吉田に対する恨み言なので、湯呑みを持ち苦笑いをするしかない桂。
「やだなぁ桂さん。俺はなにもしてませんよ。ただ、ちょっと棚にあったぼた餅を食べただけです」
「……明らかにそれが希梨子君の叫びの原因だろう。あのぼた餅はいいやつなんだと彼女が前に笑って棚に直していたじゃないか」
「さあ、俺はそんなこと知りませんよ」
「ほんとに君は……」
はぁ、と溜め息を吐いた桂が吉田を見て呆れた顔をする。
だけど、吉田はそんな桂を見て逆ににっこりと笑いながら首を横へと傾けた。
「ふふ、俺は自分のしたいようにして生きるので」
その何処か含んだ物言いに、桂が眉を潜める。
「………稔麿。それは、」
「はは、そりゃあ分かりますよ桂さん。忙しい貴方が俺の所までわざわざ来て。貴方は“あの事”を聞きに、俺のところまで来たんでしょう?」
ふと真面目な顔になる桂の言葉を遮り、軽く笑いながら言葉を紡ぐ吉田。
言いながらその視線は桂から外れて、庭で自分を探す……希梨子の元へ。
庭に視線を落としながら優しく微笑む吉田に、桂は耐えきれなくて口を開く。
「…その言い方からしてやっぱり犯人は君だったんだね、稔麿…」
「ふふ、頭のいい貴方なら最初から気付いてたでしょうに」
「…っ、稔麿!馬鹿な真似は止めるんだ!そんなのすぐにバレるに決まってるだろう!君は死ぬつもりなのかっ!」
「―――はは、俺は死ぬつもりなんですよ、桂さん」
激昂していた桂が、吉田の口から軽く出された言葉に固まる。
愛しそうに女中を眺めて頬を緩ます吉田を見て、桂は小さな声を出す。
「……本気、なのか。稔麿…」
「生憎ふざける余裕が無いんですよ、桂さん」
やっと桂に視線を戻した吉田が、震える声を出した桂を見て微笑む。
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