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踊り場の恋
「貴方、綺麗ね」
そう背後から声をかけられて、僕は振り向く。
明日提出しなきゃいけない書類を忘れて取りに来たから、施錠手前の夕方の校舎には僕しかいない筈だった。
「あ、やっぱり綺麗」
玄関から入るのが億劫で、校庭に面した廊下から入り込んだ僕は、いつもなら使わない西側の階段を掛け上がっていたんだ。
そしたら、踊り場で声をかけられた。
「君、誰?」
極めて端的に問いかければ、制服姿の彼女はにっこりと笑って
「ナイショ」
と答えた。
「だって貴方、私のタイプだから」
意味が分からない。
タイプなら尚更、名前を教えてくれるものではないのか。
薄暗がりの踊り場に下校の鐘。気は急くのに、何故か足は進まない。
「何しに来たの?」
今時、日本人形みたいな長い黒髪をぱっつんにした彼女は、決して美少女とは言い難かったが、白い肌や一重の少し切れ長の目は、きっと着物を着たら似合うんじゃないかと感じる程度には綺麗な子だった
「忘れ物」
ふぅん、と笑うように頷いて彼女は指を組むと、弄ぶように絡めて伸ばす
「私、貴方を見たことないわ」
「僕も君なんか知らないよ」
鸚鵡返しに答えを返せば、彼女はまたさも楽しそうに笑った。
「あはは、それはそうね」
彼女は、何が面白いかは分からないけれどやっぱり楽しそうに笑った。
「でも私、いつもここを通る子達を見ているのよ?」
でも貴方は始めて。普段はこっちを通らないのね、と彼女は臼桃色の唇に笑みを乗せて、なんだか一人で納得した様子だった。
「そろそろ忘れ物取りに行きたいんだけど」
とため息混じりに言えば彼女は
「あら残念」
といってから、仕方ないかと付け足して
『また今度、ね』
といった。
僕は「何が…」と言い捨ててやろうと思ったのだが
瞬間彼女は消えていた。
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