自分の尻尾を追いかける犬

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主のいない空っぽの席には、森さんの代わりに花が置かれていた。 花瓶に生けられた、白いユリの花。 彼女は、一昨日この世を去った。 土曜日の放課後、ブラスバンド部が帰った音楽室で、首を吊った。 自ら命を絶った。 自殺した。 訃報は、その日のうちにLINEやメールでクラスメイト全員が知ることとなった。 きっと多くの者たちが突然の出来事に愕然としただろう。 森さんと仲の良かった女子たちは、ファミレスに集合し、日曜日丸一日を泣いて語り合ったらしい。 週の明けた、月曜日、今朝。 朝礼で教頭先生からの事情説明があったときこそ、数名の女子が再び嗚咽をもらしたものの、授業が始まると、まるで何事もなかったかのように退屈な日常が始まった。 いや、みんな退屈な日常を装っているのだ。 必死に。 誰も座っていない席を、見てみぬふりをしてるのだ。 人の死がこんなにも近くに訪れたことを信じられないのか、受け入れるのが怖いのか。
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