彼の不在に

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「あの人、就活かな」 そんな私からユミは外の通りに目をうつして、そう呟く。 つられてその視線の先を見ると、目の前を黒いスーツ姿の女の子が早足で通り過ぎていった。 もっとも、スーツ姿と言ってもジャケットは脱いで腕に掛けていたし、長袖の白いシャツは袖が肘のあたりまで捲られている。 肩にかけた四角いショルダーバッグが重たそうで、少し身体をななめにして歩くその顔は暑さのせいか赤く火照っていた。 もうすぐ九月に入るところではあるけれど、今日の暑さはまさに殺人的だった。 けれどガラスを隔てた店内は寒いくらいに冷房が効いている。 ノースリーブのブラウスを着た私は、目の前の半分ほどに減った冷たいカフェラテに視線を落とした。 「私も来年の夏はあんな感じになってるのかな」 大学に入ってから3度目の夏を過ごすユミは他人事みたいにそう言った。 「どんな会社を受けるか決めてるの?」 「とりあえず大手。流通系かメーカーあたりかな。給料がよくて休みがいっぱい貰えるところがいい」 恐らく大半の学生の本音であるそれをさらりと言ってのけたユミが、一層清潔に思えた。
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