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「ごめん、遅くなっちゃった」
玄関で、仕事帰りの格好をした姉が靴を脱ぎながらひそめた声で言った。
「大丈夫。寝る前に少しぐずったけど、お利口にしてたよ」
時刻はもう22時を回っていて、姉の顔は化粧もほとんど落ちてしまっていて、疲れきっている。
スーパーで事務の仕事をしている姉は、月末には大抵こんな様子でうちに陸を迎えに来る。
しかも今日は何かの数字が合わなかったとかで、いつもより更に一時間ほど遅かった。
「お母さんは?」
「今、お風呂入ってる。何か飲む?」
「うん、冷たいのがいい」
姉はそう言いながら、居間のソファーでタオルケットを掛けて眠る陸の顔を見に行った。
姉が中学3年で私が小学4年のときに引っ越してきた公営住宅のこの部屋のキッチンは、緑郎くんの一人暮らしのマンションのものと同じくらいに狭い。
けれど、料理器具や食器が無駄に多いせいでずっとごちゃごちゃとしていた。
私は水切りカゴに入ったままのグラスを取り出して、麦茶をついでテーブルの上に置いた。
陸の髪を撫でる姉の顔は相変わらずくたびれているけれど、表情は柔らかく緩んでいた。
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