少年パルタ【1】

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 この国に〝文字〟はない。伝言や記録は、カプと呼ばれる綱を様々に結んだもので伝える。町からよその町にカプを届け、その返事を貰ってくることが、パルタの仕事だった。  脚には自信がある。大人でも丸一日かかる山道を、パルタは半日足らずで越すことができた。  走るのが好きだった。風を裂いて走っていると、自分は限りなく自由だと思えた。  しかしパルタの脚がいくら速かろうと、トウンボは喜ばなかった。速く走れるに越したことはないが、脚の速さで敵は倒せない。逃げ足には決してするなと、わざわざ諭したことさえあった。  その日の朝も、暗い気持ちで庭に出た。今日は棒術の日だ。トウンボはいつも先に一人で素振りをしている。  このところ、トウンボはあまり口うるさく指導をしてこない。黙ってただ立ち会うということが多かった。ある程度技術を認められたのかも知れないが、別に嬉しくも何ともない。打たれるの嫌さに、必死になっているだけだ。 「パルタ」  稽古が終わると、トウンボが言った。 「今日から当分、仕事は休みだ」  あまりにも唐突だった。 「どういうこと?」 「この町もいよいよ本格的な臨戦体制に入る。幼いお前が通信使の役を担うのはもう危険なのだ」  やっと稽古が終わったのに、パルタはどん底に突き落とされたようだった。 「時間ができたからと言って、遊んでばかりいるなよ。これまで以上に鍛練に励め」  パルタは俯いていた。 「朝食にしよう」  家に上がる父の背中を、パルタは恨めしそうに睨みつけた。  澄み切った空の下で、少年は自分の心が二度と晴れない雲に覆われていくような気がした。走ることさえ、取り上げられた。これから一体何を楽しみに生きていけばいいんだろう。
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