第1章

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徒歩圏内だけに、駅までは車で五分もかからない。 女王らしからぬ朝食がお気に召さなかったのか、事務的に急かした俺の態度が勘に障ったのか、車内では彼女はとにかくプリプリと腹を立てていて、会話らしい会話もなかった。 でも泣くより怒ってる方が楽だろう。 「…ごめん」 二子玉の駅近くで彼女を降ろし、バックミラーに小さくなる姿にもう一度謝った。 何がごめんなのか、彼女の駅まで行かなかったとか細々あるけど。 “キスして、怜…” 一番のごめんは、あの時キスしてしまったことかもしれない。 そうでもしないと泣き止まなかったからだけど、あの時何かを汚した気がした。 彼女が覚えていないことを願う。 角を曲がり、バックミラーから彼女が消えると「はあっ」と大きく溜め息をついた。 帰ったらシャワーを浴びて、午後の約束まで少し寝よう。 とにかくこれで、何もなし。 この時の俺は、そう思っていた。 感情も記憶も何もかも、 切り離して元に戻れると。
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