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動物以下の薄い存在感しかないこの男は、森崎めぐる、35歳。
日陰でひょろひょろと頼りなく育ったもやしのごとく、背が高いばかりのでくの坊だ。
だらしなくはみ出したシャツ。情けなく丸まった背中。悲壮感漂う下がり眉。
これが、かの有名な芥木賞作家の森崎めぐるだとは誰が思おうか。芥木賞作家とは言ってもそれは最早過去の栄光で、今は安物の官能小説を書く三流作家に過ぎないが。
ただでさえ仕事が遅いのに、最近娘が子供の頃に描いた絵なんて眺めながら妙な感傷に浸ってやがる。
だがしかし、こののろまには官能以外の無駄なものに使う時間は1秒もねえ。
俺は足でめぐるの背中をぐいっと押した。
「おら、いいから早く書けよ、先生」
「しかし伊藤君、このにおいが気になってだね……」
立ち上がってめぐるの目と鼻の先にある立て付けの悪い窓を、力任せにバンッと開ける。
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